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高知地方裁判所 昭和60年(ワ)349号 判決 1988年7月07日

原告

川崎章男

外一五名

右一六名訴訟代理人弁護士

土田嘉平

被告

モデルハイヤー有限会社

右代表者代表取締役

大石力

右訴訟代理人弁護士

大坪憲三

石川雅康

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告川崎章男に対し金三二万九四九一円、同中村誠次郎に対し金二二万〇五六四円、同楠瀬雄三に対し金二二万九〇九五円、同中屋則夫に対し金二二万〇六三三円、同岸田勝征に対し金八万四二一七円、同東田文雄に対し金八万〇三一五円、同中村正に対し金二三万〇〇二七円、同吉本秀勝に対し金二〇万三九八七円、同島田誠に対し金一四万三五二七円、同中坂正夫に対し金五万八六四七円、同小松晃に対し金一一万五五五四円、同門田貢に対し金一八万三八一一円、同時久誠大に対し金一八万三一三七円、同成岡啓視に対し金一四万一五四七円、同乾隆臣に対し金六万四九六八円、同沖野昌行に対し金一六万三三四六円及びこれらに対する昭和六〇年九月五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者関係

被告は,いわゆるタクシー業を営む有限会社であり、原告らはいずれも別表記載の年月よりも前から、被告会社の従業員として、タクシー運転の業務に従事して来たものである。

2  原告らの賃金

(一) 原告らの勤務は一か月二〇勤務(一勤務一三時間拘束、一〇時間実労働)で、その賃金は基本給と月算歩合給との二本立になっており、月算歩合給は、小型車については月間営業収入(水揚高)が三〇万円を超えた額の、中型車については月間営業収入が三一万円を超えた額の各四五パーセントを支払う定めになっている(以下、右の三〇万円及び三一万円を「足切額」という。)。

(二) 原告らの年次有給休暇(以下「年休」という。)の手当は、労働基準法三九条(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの。以下、同条につき同じ。)所定の協定により、原則として一日につき健康保険法三条所定の標準報酬日額(以下「標準報酬日額」という。)に相当する額とし、もしその額が基本給日額を下回るときは基本給日額とする、と定められている。

3  月算歩合給制度の公序良俗違反

(一) 健康保険法三条によれば、毎年八月一日現在使用されている事業所又は事務所において同日前三か月間に受けた報酬の総額をその期間の月数で除した額を標準報酬月額とし、これをほぼ三〇で除した額が標準報酬日額とされているが、この額は原告らの基本給日額にほぼ等しい。

(二) 被告のタクシー乗務員の一勤務当たりの平均水揚高は二万円以上であるから、少なくとも一五勤務にによって足切額に達するので、残る五勤務の水揚高がすべて歩合給の基準額となり、その四五パーセントが支給される。したがって、原告らは、月二〇勤務のうち一五勤務までは基本給にのみ甘んじなければならないが、残る五勤務の労働に対しては、その水揚高の四五パーセントが歩合給として基本給に加えて支給される。これが前記の月算歩合給制の実態である。

(三) ところが、原告らは、年休を取った日には、標準報酬日額又は基本給日額に相当する手当は支給されるものの、前記の月算歩合給制があるために、その日に稼働すれば得られたはずである予想水揚高の四五パーセントの歩合給を必然的に失い、年休を取るたびに賃金が減少することとなる。これを、原告中屋の昭和六〇年一月分の賃金に例をとると、次のとおりである。すなわち、(1)年休を二日取り、一九勤務で得た水揚高は、四五万八三七〇円である、(2)年休を取らなかった場合に得たはずである予想水揚高は、(1)の額を一九で除した額に二を乗じた四万八二五〇円と(1)の額との合計五〇万六六二〇円である。(3)水揚高を(1)の額としたときの賃金は、基本給日額七二五〇円の一九日分一三万七七五〇円、足切額を超える一五万八三七〇円に対する四五パーセントの歩合給七万一二六七円及び年休二日分の手当一万四五〇〇円(一日七二五〇円)の合計二二万三五一七円である、(4)水揚高を(2)の額としたときの賃金は、基本給日額七二五〇円の二一日分一五万二二五〇円及び足切額を超える二〇万六六二〇円に対する四五パーセントの歩合給九万二九七九円の合計二四万五二二九円である、(5)したがって、原告中屋は(3)の合計額と(4)のそれとの差額二万一七一二円の賃金を失うことになる。

(四) このように、年休取得は賃金の減少を結果するため、原告らは年休取得を抑制され、やむなく年休を取ったときはその翌日長時間労働など著しい労働強化を強いられているが、これは被告が賃金制度として前記の月算歩合給制を採用していることによるものであり、かかる賃金制度は、原告らの生存権を侵害し、人間としての尊厳性を蹂躙するものであって、次のいずれかの是正方法がとられない限り公序良俗に反し無効である。

(1) 月算歩合給の足切額を年休取得日数に応じて減額する。

(2) 一勤務当たりの平均水揚高を、当該賃金期間中の年休取得日数に応じて現実の水揚高に加算し、その合計額のうち足切額を超える部分の四五パーセントを月算歩合給として支払う(以下、この方法を「仮想営収方式」という。)。

4  賃金(差額)請求権

被告は、前記の月算歩合給制を採用しながら、右の是正方法をとらないため、その賃金制度は無効であるが、かかる無効部分を有する雇用契約は、条理等によって補充されるべきところ、被告の月算歩合給制を仮想営収方式で是正したものが賃金制度として最も合理的なものであるから、原告らは、そのように是正された賃金制度に基づき算出される賃金と是正前の賃金制度に基づき現実に支払われた賃金との差額を請求する権利を有する。

原告らに対し現実に支払われた昭和五八年八月分から同六〇年三月分までの賃金額、これを仮想営収方式で是正して算出した賃金額、両者の差額、年休保障日額(年金手当)等は、それぞれ別表に記載のとおりである。よって、原告らは、被告に対し、条理等によって補充された雇用契約に基づき、それぞれ別表記載の差額の合計金及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年九月五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の各事実はいずれも認める。

3  同3のうち、標準報酬日額の定めの内容については認め、その余は争う。

4  同4のうち、別表記載の原告らの基本給日額、勤務日数、年休保障日額、年休取得日数、月間水揚高、足切額、現実支給賃金はいずれも認める。その余の主張は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二そこで、請求原因3について検討する。

1  原告らの標準報酬日額と基本給日額とがほぼ等しく、その具体的な額が別表記載のとおりであることは、当事者間に争いがなく、この事実と前記の月算歩合給制及び算数に徴すると、原告らが年休を取った場合には、これを取らずに稼働した場合に比し、賃金がある程度減少することは明らかである。しかし、労働基準法三九条の定める年休制度は、同法三五条の休日のほかに有給の休暇を与えて余暇を確保し、労働力の再生産を図るとともに、労働者に社会的、文化的生活を保障することを目的とし、これを達成するため、労働をしないにもかかわらず、平均賃金、通常の賃金、標準報酬日額に相当する金額のいずれかを支払うこととするものであるが、その平均賃金等のいずれによるにせよ、休暇を取らずに稼働したならば得られたであろう賃金の全額が確保されることにはならない(標準報酬日額は、毎年一定時期の賃金を一定期間適用するというもので、勤務したならば得られたであろう賃金とは一致せず、それより低額であり、平均賃金及び通常の賃金も同様である。)から、同法三九条の年休手当の定めは、賃金の全額を保障するものではなく、かえって、それを下回ることを予想、是認しているといわざるを得ないので、年休を取ったことにより賃金がある程度減少することは、年休制度に内在する制約として甘受せざるを得ないものである。

2 もっとも、労働条件に関する不利益な取扱いが、年休の取得を事実上抑制するものであるときは、その内容と程度いかんにより、その取扱いは、年休制度の趣旨に反し、ひいては民法九〇条に該当することがあると考えられるが、本件の場合、原告らの賃金は、もともと労使間において基本給と月算歩合給の二本立とする旨合意しているものであって、そういう賃金体系自体につき、原告らが年休を取ったことを理由に被告が賃金をカットするなど不利益な取扱いをしているわけではない。そして、<証拠>によれば、原告らの組織する労働組合の組合員の年休消化率は、昭和五八年度が75.0パーセント、同五九年度が80.9パーセント、同六〇年度が76.4パーセントとなっており、かなり高い値を示していることが認められ、また、<証拠>によれば、被告側から、代替要員の都合上年休を取得する者を一日に三人以内にしてほしい旨要請されているため、原告らの年休取得が事実上ある程度の制約を受けていることは窺われるものの、それ以上に、歩合給を失うから年休を差し控えているというような深刻な状況は窺えない。これらをみると、これまで原告らの年休取得が現実に強く抑圧されて来たとはいいがたいところであり、また、年休を取った翌日に原告らが著しい労働強化にさらされていたとする事実を認めるに足る証拠はなく、原告らの生存権や人間としての尊厳が侵害されたという事情を窺わせる証拠もない。

3  原告らは、原告中屋の場合を例にとり、原告らの年休取得が抑制されている旨主張するので、この点を考察すると、<証拠>によれば、原告中屋が、ある年度の一月二一日から二月一九日までの間年休を取らずに二〇勤務すべて稼働したときの賃金は、一九万七四三〇円であったこと、この期間に年休を五日取得したと仮定した場合、

基本給(7,250×15)+時間外手当(26,518)+年休手当(7,250×5)=171,518

で、当該月の賃金は一七万一五一八円となり、右一九万七四三〇円との差は二万五九一二円であり、一時金まで考慮に入れると、

一時金で年休として考慮される額(1,600×5)―現実の反映額(営業収入104,910×8%)=−393(円以下切り上げ)で、右の二万五九一二円との合計二万六三〇五円が、原告中屋において右期間に年休を五日取ったとすれば賃金が少なくなる額であること、したがって、この割合からすれば年休一日当たり五二六一円の減少という数字が出ることが認められる。右の例によれば、一か月に五日年休を取得しても、一七万一五一八円はその月分の賃金として確保されており、これは、一般的にみて、その額が低すぎるため年休を取らずに稼働しなければ生活できないような金額ではなく、また、年休を取得したか否かの差額が一日につき五二六一円であって、それが著しい値を示し、労働者側において年休を放棄しなければ損失を被るとの感を強く受ける程のものということもできない。

4 以上を総合すれば、本件の月算歩合給制が、原告らの年休取得を抑制し労働基準法三九条の趣旨に反するとまではいえないので、この点に関する原告の主張は採用できない。

三以上のとおりであって、月算歩合給制を採用する被告会社の賃金制度が無効であるとはいえず、本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山脇正道 裁判官前田博之 裁判官政岡克俊)

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